さちさん、僕は死にます。さようなら。
9年前にメッセージ貰った時は驚いた。
しかし彼は今でも生きている。
自分の足で歩いている。
電話番号を教えても反応が無かった。
SNSのメッセージだけは連絡が取れた。
僕が書いたこと。
今、お金はいくらあるの?
→数千円です。
どうせ死ぬなら死ぬ前に僕に会わないか?
→会ったとしても死ぬなとか、アツい言葉要らないです。
死ぬ勇気があるのに、僕に会う勇気は無いんだ。
→ムダな励ましが要らないんです。
じゃあ何故、僕に連絡してきた?SNSで繋がってるだけの仲間に。
→今まで色々絡んでくれたから、死ぬ前に挨拶しようと思って。
だから、ちゃんと挨拶しに来てよ。
バスなら深夜バス、電車なら18きっぷで来れるよ。
東京に来て、ちゃんと会おう。
→返事なし
SNSだけの付き合いだった。
会えれば何か変わるんじゃないか。
そんな小さな可能性に賭けてみた
(賭けちゃいけないのにね。)
彼は本当に次の日の朝来た。
というか来てから連絡が来た!
→東京駅着きました。
僕は慌てて迎えに行った。
午後に戻る予定とホワイトボードに書いて会社を飛び出した。
彼は朝6時に到着したのに
僕が迎えに行った9時までずっと携帯をいじりながら待っていたようだった。
2011年11月。東京の初冬
朝の寒さは厳しいけど、銀の鈴は空調が効いていた。
僕は彼をコーヒーへ誘い
当時吸っていたタバコを彼にもあげながら話を聞いた。
ざっくり言えばAC環境+神経質で鬱を発症。
うまく生きられないのは親のせいとか
別れた彼女のせいとか、愛されたい欲求の塊だった。
午後までには会社に戻らないと午後のアポイントがあったので
話を聞くだけ聞いて、地元の自助グループを勧めた。
昔、行ったことがあるけど意味がないという。
僕は聞いた
「今日、僕に会ったけど、まだ死にたいか?」
「生きてても良いなと思えたなら意味はあったんじゃないか?」
「東京で死ぬか?大阪戻ってやり直すか?」
彼は考えた後に勇気を出してクチを開いた。
「大阪に帰りたいんやけど、帰るカネが無い。さちさんが来いって言ったんやから帰るカネ貸して。そしたら帰れるから」
僕は財布にあった8000円渡した。
「君の残りの人生を預かる。金利はつけないけど、必ず生きて返せ」
彼はガラケーのメールアドレスを教えてくれた。
どこどこの会場に行ったけどダメだった。
さちさんの知ってる人は来なかった(風邪引いて休んだ様子)
彼は、しばらくネガ発言メッセージを送ってきていた。
僕と同じ自助会は彼には合わなかったようだが
他の自助会に通い
スポンサーを見つけ回復の道を歩んだ。
そうしているうち連絡が途絶えた。
2年くらい連絡が無かった。
僕はスマホを持つようになったタイミングで連絡してみた。
スマホを持ちました。LINEとかにしないか?
久しぶりの彼は相変わらずガラケーホルダーでした。
しかしガラケーからラインしてきた。
さちさん、ガラケーでもラインできるけど面倒くさいから(^_^;)
繋がり直した僕らは年に数回連絡をするようになった。
そして昨年、大阪出張の時に初めてサシ飲みをした。
僕は彼の回復の経過をあまり知らない。
しかし目の前にいるのは昔の彼ではなかった。
楽しそうに話す彼に聞いてみた。
僕が君のスポンサーと名乗ってよいか?
冗談で聞いたのに
「当たり前やん、さちさん、おらんかったら死んどったわ」
ど真ん中の関西弁で返された。
あ、そうそう8000円返して!
さちさーん、今日みたいにヌクヌク出張で来たときに返すんちゃうよ。
さちさんが死にかけて電話してきたら大阪呼んで説教すんねん。
んで、関東へかえりー。っつってカネ渡すわ。
彼はたくましく生きていた。
さり気なくオゴってくれたし。
僕が彼にしたことは何だろう。
生き直す前の彼を東京に呼びつけたこと。
ただそれだけだった。
しかし彼の神様は
生きる運命の選択肢として
僕に会うか会わないかの判断を彼に与えたようだった。
大阪の彼(Y)を例にとってみたけど
僕の言いたかったことを以下にまとめます。
誰かの神様が、あなたを運命の選択肢に選ぶこともあるかもしれません。
その時に、その人に
どんな選択肢を提案できるのか。
僕は幅広くポジティブに提案できる人になりたい。
誰一人死んでほしくない。
一人でも多くの人に回復を楽しんでほしい。
僕がまた誰かの神様の選択肢に挙げられたら
僕は、その人の【生きる運命】の選択肢でありたい。
そういう人であり続けたい。